先生の卒業から一年経った。思い出すたびに良かった日のことを思い出しては笑う。
先生は電話が好きで、僕によく電話をかけてきた。
電話が来て嬉しい反面、長くなることに苛立ちを覚えたりもした。
先生は大抵酔っ払っていて、僕の名前を常に三回以上呼んでから話を続けた。
「ヒナタ、ヒナタ、ヒナタ」
「ヒナタ、ヒナタ、ヒナタ」
続きがいつも思い出せない。
連呼するときの響きで全部だと思う。
僕と先生は似ているとずっと思っていた。
けれど、それは僕の誤解だったんだとこの一年で知った。
先生は優しい。先生は狂ってる。先生は面白い。先生は激しい。
僕のそれはもっともっと歪んだもので
ねじ切れそうな緊張のなかで成立している。
先生はもっと率直だ。
先生はもっと素直だ。
そういうのを日本語で「単刀直入」という。
ぶすっと刺す、ということだと思う。
この日、僕は海を眺めながら
彼らが泳いだ海のことを思った。
暗い海。波が押し寄せる。何メートルもの高い壁になって
僕らを飲み込もうとしている。
吼えている。
なぜ吼えているのか、理由はわからない。
インドの最高神ヴィシュヌには化身(アヴァターラ)という概念があって
ヴィシュヌとは別に様々な形を以って世に現れ、後にヴィシュヌの生まれ変わりであったと示される。
化身とは永遠不滅不可侵の存在であり、実体が消されて命だけが残るのだと僕は思っている。