2014-02-12
余は昭和六七年の世情を見て基督教の文明と儒教の文明との相違を知ることを得たり。浪士は神道を口にすれども其の行動は儒教の誤解より起り来れる所多し。それ兎もあれ日本現代の禍根は政党の腐敗と軍人の過激思想と国民の自覚なき事の三事なり。政党の腐敗も軍人の暴行も之を要するに一般国民の自覚に乏しきに起因するなり。個人の覚醒せざるがために起ることなり。然り而して個人の覚醒は将来に於てもこれは到底望むべからざる事なるべし。(永井荷風「断腸亭日常」昭和11年2月14日)
2014-02-15
秋田、山形、福島、富山、長野など、親愛なる雪国の友へ。昨日からの雪で山梨県全域は史上稀に見る大雪となった。北杜市にある彼女の実家雪かきを手伝っている。さっき、ようやく車のナンバープレート部まで辿り着けた。そこでお願いがある。「1)一晩での積雪1m超えがどんなレベルのものか、教えてほしい」「2)気温が高まってきている。雪は止んだ。屋根には1m位の積雪がある。雪おろしすべきか」「3)その他注意すべき点」。こちらの道具は雪スコップ2本、スノープッシャー1本。雪質は粉雪が徐々に緩んだ状態。応答求む。
2014-02-15
中耳炎のアキラが寝に入ってから2度吐く。緊急時は背中に背負って駅まで歩き、中央線を西に走れば富士見高原病院がある。駅まで歩けるかどうか、外に出て見た。
ほぼ真円の月が黒い空に浮かんでいた。甲斐駒、鳳凰がすっきりとした夜顔を覗かせていた。この2日間、灰色の幕に包まれていた八ヶ岳が雲に巻かれていた。騒々しい一日の中、心が休まる散歩だった。
駅方面へ続く急坂に一本、人が一人通れる様な道が続いていた。自動車はまだまだ無理だろう。
赤子の薬は月曜日の朝まで残っている。明日の晩、月曜日の方向性を固めることにした。彼女と「体力勝負だね」と話がまとまった。
2014-02-16
昨晩は中々寝付けなかった。朝起きた、状況は昨日と同じ。ちっとばっかの雪かきは意味ないと判断し、小淵沢町の状況を探るため、散歩に出た。歩いて10分くらいは誰とも会わなかった。見える物は皆、森吉山の樹氷じゃないが、白に覆われていた。最初に会ったのはブルドーザーだった。次に、おじさんがいた。話しかけると「役所の人け?」。色々聞くが余り情報が渡っていない。花屋の巨大ハウスが中折れしてぺしゃんこになっている。車はみんな白い突起になっている。町に出る。皆、それぞれの雪かきをしている。子供だけが楽しそうにキャーキャー遊んでいる。大人は大抵、下を向いているか、破れ被れで雪かきしているのかのどちらかだった。駅前商店街は雪でバリケードされていた。14日にマンボウと来たときと同じ様に、雪かきをしている。違うのは屋根の雪がほぼ全部、カタツムリの貝殻のように丸まりつつある雪を頂いている点。駅には足止めになった人々がいた。ある若い家族は愛知からの旅であり、今日で3日目、無理矢理にでも帰りたい、といっていた。赤ちゃんがサングラスをかけていてかわいかった。駅そばの「丸政」は営業中だった。タクシーは一台もいない。雪だらけ。小淵沢支所に向かう。途中、山梨中央銀行のATMが動いていた。金をおろせた。軒並み焦点は休み。高原旅館は空いている様に見えた。支所に着く。災害情報のひとつも張り出してあるかとおもったが、なんにもなかった。災害対策本部は2階だったか、そんな張り紙がはってあっただけだった。話を聞くと「除雪を一生懸命やっているのだけれど、精一杯だ。それぞれ職員がついて回っている」と話してくれた。酷く疲れているようだった。小学校の縦筋は除雪が完了しアスファルトが黒い顔を覗かせていた。この町にはいわゆるスーパーはひとつしかない。富田克也監督作品『サウダーヂ』を見て、甲府市内に出店を決めた「スーパーやまと」。ダメもとで歩いて行くことにした。一旦駅に戻った。スーパーやまとの方角である西を見てあぜんとした。それまではブルドーザーが入って頑張れば車入れられる感じだったのだが、除雪野の形跡なし。近隣の人達が踏み固めで作ったインディーズあぜ道のみ。ここから何キロ離れてるのか、を考えたら頭が痛かった。
インディーズは骨のある道だった。幅30センチ程度の道を長靴で歩く。転んでも雪の中に落ちればいいや、と思ったら気が楽になった。中央線と小海線を越える跨線橋の上に出た。双方共に雪に埋まっていた。真っ白だった。真っ白な地面の上を電線が真っ直ぐ走っていた。
途中、家から道まで何十メートルかけてインディーズしているおばさんがいた。「道までさ、出られりゃなんとかなるらー」。出で立ちがpublic enemyみたいだった。
スーパーやまとは空いていた。外国人の女性が話しかけて来て、子供達に三食つくらなきゃいけない、学校がお休みで大変だ、一番大変なのはおやつだ、と言っていた。商品の品揃えはぼちぼち切れそうなカンジだった。東ハトオールレーズンとアイスコーヒーを時間があったので北側にあるセブンイレブンにタバコのストックを買いに行った。途中、中央道の小淵沢ICは雪で埋まっていた。立ち往生している車が何台もあった。窓に連絡先を貼付けていた。普通車もトラックもいた。白い地面に身体の三分の一を埋めていた。
セブンではパンやおにぎりなど、すぐ食えるもんがなかった。からあげくんみたいな奴は売っていた。タバコは数商品が品切れだった。震災時のような事はまだ無いと思った.
帰りにスーパーやまとに寄り、家族のリクエストを幾つか買った。三袋を持って帰路についた。同じような境遇の人達がインディーズを下っていた。跨線橋から西を見ると、黄色いヘルメットを被った作業員がスコップを持って長野方面を歩いて行くのが見えた。
そこから1時間程して家に帰った。帰宅後は雪かき再開。正直いつ自動車出せるのか全然わからない。雪が溜まっている場所、道が見えているところの落差が激しい。あと、別件で電話かかってきたけど、あまりにもあまりなのでここでは書かない。資本主義を本気でやるなら、命がけでやってみろよ、玉。もちろん、テレビもラジオも聞いていない。何の訳にも立たない。
2014-02-16
とにかくよ、テレビもラジオもクソだからよ、せめて夜くらいは、おまんとうのしゃいこーな音楽聴かせてくれ。で、明日もフツーに仕事したり、子育てしたり、恋してくれ。とにかく、ぜったい、完璧に「不謹慎」だけはやめてくれよな、All!
2014-02-16
長野は広い。長野の富士見町に住む朋輩から朝晩連絡あり。アポカリスナウとのこと。長野のテレビでは碓氷峠の話ばかりだという。彼のめしは残り5食を切ってる。写真好きall、小林紀晴の撮った茅野から東はぶっ壊れてる。あの山の麓はカオス。寝る。
2014-02-16
全域なんだよ。
—–以下、長野県富士見町に住む朋友より送られてきた文章と写真—–
昨日の朝の自宅のデッキからの写真です。八ヶ岳南麓一帯は雪に埋まって大変な状況が続いていますが、ニュースでもあまり報道されていません。
2014-02-16
どーでもいいからここまで来いよ東京。一般化してえならここまで来いよ、クソウンコシット東京。
2014-02-17
—–以下、北杜市武川町(旧・武川村)に住むいとこより情報—–
【国道20号北杜市武川町内 17日(月)正午前】
遅くなりましたが、文字のみで一応お知らせ。
牧原交差点にて、長野方面は除雪終了まで通行止めとのことでガードマンによる停止。この為、交差点周辺に停車している車が多かったですが、渋滞というほどではなかったです。長野方面からの車は通過できました。
県道から舞鶴橋経由で舞鶴松入口へ抜けて武川地内もっとも長野寄りの上三吹の実家まで。
途中、数台の放置車両がありましたがそれ以外は概ね除雪も終了し路面は見えていました。ちょうど、上三吹から尾白川橋の間の下り車線除雪中でした。白州町内にはいり花水坂入口信号先の登坂車線終わったあたりで、車の列の最後尾。前のほうの様子はわからない、ということでしたので、上三吹まで戻りました。
おそらく、放置車両の処理が終わったら進入禁止は解除になり、武川町地内の国道は全面2車線交通可能になると思います。
避難場所の上三吹公民館近くにはまだ10台近い県外ナンバーの車が停められていました。
●武川診療所
本日より診察しています。予め電話予約を。今日は門前薬局が開いておりませんでしたが、院内処方できる薬は出していただけます
●コメリ 武川店
本日より開店。武川で唯一灯油が買えます。販売制限はなかったですが、売り切れにご注意。
●スーパーやまと、スーパーおの、肉の沓川、浅川金物店、至誠堂薬局は開いているようでした。
すべて17日(月)正午前の状況です
2014-02-17
以下、山梨県小淵沢町、長野県富士見町、原村界隈の人らにも役に立って欲しい、韮崎方面行き県道17号線の2/17現在の情報です(実走)。
・小淵沢町の帝京三高界隈から15時出発、自動車は軽アルト四駆。出車理由は生後10ヶ月の娘が中耳炎になり、かかっていた医者が韮崎にあるため、走破可能かどうかを確認するため。また灯油が心細いので途中で買うため。
・路面は雪まみれ、昼はガタガタな凍結部とシャーベット状の雪が混じった状態。道幅は1〜1.5車線程度。
・この状態は長坂の日野春小学校まで続く。ハンドルもろ取られる。
・長坂の線路橋越えたあたりでストップ。ここから先の区間は断続的に除雪が入っており、細い道なので30分に一回の片側通行になるとのこと。
・日野春駅近くになると道は相当スムースになる。ただし、普通車、ベルファイヤークラスのバンの通行により、対向車線でのすれ違いに著しい支障あり。
・。なお日野春→20号の通称「野猿返し」は通行止。車線は概ね1.5車線。
・穴山が近づいてきたので左折し、穴山駅方面に走る。郵便局の信号を左折し、穴山温泉前を通過し、そのまま国道141号線桐の木交差点に出る。右折し国道を走る。ほぼ2車線。店もそこそこ空いていた。
・ガソリンはどこもある感じだった。灯油は一人1個のところもあれば品切れのところもあり。クスリのサンロードは18:30まで営業中。
・ちなみに20号はみどりや食堂の橋辺りで通行止。待っているのは長距離トラックばかり。
「おれの感想」
・相当に雪道のドライブテクニックがないと走破は難しい
・四駆必須。もちろんスタッドレスで。不安な人はチェーン巻いて。
・でかい車で移動はして欲しくない。えらそーにでかい車でくんな、と軽自動車に叱られるのを見た。同じように一瞬思ったが、彼らの気持ちを考えると何も言えなかった。なお、峡北広域行政事務組合消防本部の消防車「峡北5」が「巻柏」の看板がある辺りで通行をスムースにするため、長い時間、集落入口でやり過ごしているのが苦しかった。
・ガソリンを潤沢にいれておくこと必須。ガソリンは小淵沢町内HOYAより前だったかにある「笹屋」の日石で入れられた。灯油は売り切れ。
・朝晩の走行は凍結があるので注意を要する。避けるべき。特にやばいと思ったのは小淵沢町全域、「ビジネスホテル鯉」のヘアピン日陰、長坂の中央線の線路橋辺りの坂
・ラジオ付けて。AM山梨放送765khz。FMは聞かなかった。北杜市あたりは電波弱いが色んな情報が入って便利。梶原しげる&みかにゃん、ありがとう。勇気付けられた。特に「strawberry fields forever」聴いたら泣けて仕方なかった。どんどん話して欲しい。
以上です。
2014-02-17
【!!不拡散希望、近隣の方のみアドバイス欲しい!!】小淵沢の南部の彼女実家の居間で利用している大型石油ファンヒーターが故障しています。おとといまでの段階で、甲府の業者に電話したけれど「来週にならないと行けない」と返事。小淵沢近隣の業者で来られそうな方がいらっしゃれば、教えてほしいです。以下詳細です。
1.状況
ーーーーーーーーーー
・現象発生日時「2014年2月15日早朝」
・機種名「コロナ FF-749S」
・シリアルナンバー「3172902」
・症状「電源を入れてから数分後、カタカタカタと異音を発し『E2』エラー表示(不着火)され、温風が出ない」
・原因「部屋外部に出した排気口が雪で埋まっているのに気付かずスイッチオンしたことと推測」
2.家までの道のり
ーーーーーーーーーー
・家近辺には軽四駆でのみ近づける
・車長の長い車は入れない(入口が狭いため)
・県道17号から北に1キロ程度
よろしくお願いします。
2014-02-18
明後日の雪情報、あれば投げて欲しい。場合によっては明日、雪下ろしせんならん。いま、ネット環境はiPhoneしかなく、苦しい。なんとか頼む。ほんと、雪下ろしのスペシャリストがいたら逐次頼みたいところなんだけどな。現在屋根雪70-80センチ。築100年は下らない。今日のポカポカ陽気でだいぶ溶けている。夜はマイナス5とか7とか普通に行く。
2014-02-18
—–以下、県内に住む友より情報—–
先ほどTwitterで得た情報を!
中央道
↓↓↓
中央道、八王子IC〜諏訪IC11時に通行止め解除。
高速へ入れないIC▷相模湖東IC、双葉スマートIC、長坂IC、小淵沢IC
高速から降りれないIC▷上の4つに加え、上野原IC、大月IC、勝沼IC、須玉IC、諏訪南IC
2014-02-19
本日午前11時過ぎ、無事小淵沢より韮崎の耳鼻科に自動車で到着、診察を受けることができました。状況はちょびっとだけ良くなってる様です。まずは安堵。
2014-02-20
この六日間、本当につらかった。
2014-02-21
改めてみんなありがとう。さえもより、今日、耳鼻科に行ったら昨晩の一件で薬は増えたものの、中耳炎そのものは良くなって来てるとの朗報。小淵沢の石油ファンヒーターの故障が治ったとも連絡あり。本当にホッとした。
この一週間、写真を数百枚撮った。見直してみたら、人の写真を数多く撮っている。ほとんどが知らない人ばかり。こっちがテンション高いからだろうか、ガンガンの笑顔が並ぶ。やぶれかぶれだった。やってらんなかった。写真は朋友に送った2/16、インディーズ雪中道路を数キロ歩いてスーパーやまと小淵沢店からの買い出し帰り、やせ我慢の弱虫ハードコアくずれ。
2014-02-22
ようやく甲府の自宅に戻った。ぶどう棚がぶっ壊れていた、大好きだった桜の老木がぶつっと折れていた。見てはならないものを見た気がした。哀しかった。そして、この一週間が一体何だったのか、インターネットの各メディアの記事を読んだ。が、全体像がまったく掴めなかった。特に知りたかったのが、「安倍が、政府がいったいなにをやっていたか」ということだった。ジャーナリストの岩上安身氏による検証記事を見つけ、むさぼるように読んだ。有料サイトのため、部分的にしか読めなかった。それでも充分過ぎるほどショックな内容だった。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/125934
2014-02-22
2/16だったか、これを見て完全にネジが飛んだ。がむしゃらに家の外を走る小さな道路への雪道をようやく掘り終え、外の世界に出て愕然とした、身体がボロボロになっていた時だった。怒りに震えた。見捨てられたのだ、と思った。震災の時に、おれたちだって津波でやられてヤバいのに、全然報道してくれない、頼む、助けてくれ、と言っていた茨城の連中の気持ちが痛いほどよくわかった。インパール、ガダルカナル、ニューギニア等で命を失った、兵隊のことを思った。その晩は深夜まで飲んだ。やりきれなかった。長野県の、小淵沢の隣町である富士見にいる朋輩から電話があり、その内容に愕然とした。飲みながらテレビを見た。90代のばあちゃん部屋からNHKラジオが鳴っているのを同時に聞きながら飲んだ。オリンピックをやっていた。雪の情報はなかった。おれはずっと待っていた。雪の情報をずっと待っていた。
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